「なんじゃそりゃ」をどう活かす?

「なんじゃそりゃ」をどう活かす?

先週、娘の小学校の運動会の予定が
今週の平日に延期になった。

理由はインフルエンザで
学級閉鎖しているクラスが多いことと
雨続きもあって
ちゃんと練習ができなかったから。

私が子供の頃の小学校の運動会は
家族みんながレジャーシートを敷いて
お弁当を食べながら観覧する行事だったと思う。

でも今は基本的に午前中で終わる。
そして学年ごとに時間が決まっていて
自分の子供の出番の時間だけ
校庭に行って立ち見で観覧する。
コロナ以降、そうなったと思う。

運動会は親のために行うものではなく
子供のための行事…
という考え方が強まった。

だから
土日開催から平日開催に変更して
見に来れない親が増えたとしても
仕方がない。

そんな変化も多い中で
今年はさらに
徒競走もなくなってしまった。

今年は『競争』をしないらしい。

踊りの発表や
少しゲームっぽいことはするけど
勝ち負けを求めない…との方針とのこと。

娘は「勝ちたかったー」と言って
寂しそうにしている。

小学校の運動会で
勝ち負けに拘らないようになったのは
よくネットなんかの情報で見聞きはしていた。

勝ち負けがないのは面白くないと思うけど
この流れが良いのか悪いのかは
まだわからない。

どんなことも
すぐにジャッジはできないし
良い面も悪い面もあると思う。

出来事が良い悪いと決めるのは
きっと誰にもできない。

娘自身が出来事から何を得て
どう活かしていくか。
起きたことを自分なりにどう解釈していくか。
そっちの方が大事だし
今後、感じたことを自分の創造力に使って欲しい。

これからも親からしたら
「なんじゃそりゃ」と思うような
時代の変換が山ほど起こると思う。

どんなことが起きても
それを愚痴って批判するのか。

もしくは
プラスに活かせるようにするのか
それぞれ個人の創造力の問題だと思う。

じゃあどうしたら
人の創造力を育むことができるのか?

明確なことはよくわからないけど
とりあえず私自身も
創造力を使えるようにならないといけないのは確かだ。