レディ・ポルシャが教える「ジャッジを手放す」

レディ・ポルシャが教える「ジャッジを手放す」

アセンデッドマスターとして知られる
レディ・ポルシャをご存知だろうか?

シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』に
登場する貴婦人でもある。

作中では若い法学者に男装し
見事な裁判によって
夫の親友である
アントーニオの窮地を救うらしい。

アセンデットマスターとしては
ジャッジを手放しするよう導く存在として
語られることが多い。

私たちは
出来事に対して
良い or 悪いと
二択で決めたくなる。

先日、子供の運動会が
競争することをやめてしまい
今年はお遊戯会の延長のようになったと
記事を書いた。

この運動会の変化に対し
一部の親御さんは
「将来、社会に出たら競争ばかりなのだから、今のうちに競争を経験しておくべき」
と反対意見を言った。

確かにそうだ。
社会に出る前にも
受験という一大イベントで
ほとんどの子供は競争を味わう。

だから
反論した親御さんの意見もわかる。

でも、そうは言っても
運動会で競争を味わった方が
良いか悪いか、はわからない。

人によって
良い場合も悪い場合もあるだろうし
将来どんな社会になるのかもわからない。

この運動会騒動のような
ジャッジしたくなる出来事は
日常に溢れている。

けれども
人を殺すことは
通常、犯罪として扱われる一方で
戦争では敵を倒した人が
英雄と称えられることもある。

同じ行為でも
状況や立場、時代によって
評価が変わる。

自分が正しいと思っていることが
いつでも
誰にとっても正しいとは限らない。

だからといって
何が起きても判断してはいけない
ということではない。

出来事に対して
すぐに良い・悪いと決めつけず
少し立ち止まって
考えてみることが必要だし
私一人の意見では
ジャッジできることなんてない…
ということ。

また他人を厳しくジャッジする背景には
自分を厳しくジャッジしている
とか
正義感に被せてストレス発散をしたい
などの心理的要因が隠れている
ということもある。

レディ・ポルシャに関しては
「裁くなかれ、裁かれぬがためなり」
(自分も他人も批判しないこと)
というメッセージがある。

これは
『自分に課してきた
厳格な「正しさ」のジャッジを手放し
ありのままの自分を許す』
という意味だ。

何が正しいか
何が善・悪か
なんて
その場で分からないこともたくさんあるし
時代によって変わっちゃう…
ということは忘れないでいたい。

ジャッジするのは簡単だけど
感情とは別に
「わからない」という気持ちを
持つことも必要なんじゃないかなーと思う。